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大阪高等裁判所 昭和34年(ウ)164号 決定

申立人 小浴伊一

訴訟代理人 岩田喜好

被申立人 岡畑産業株式会社

主文

本件申立を棄却する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

申立代理人は、「申立人(被告)被申立人(原告)間の和歌山地方裁判所昭和三二年(ワ)第七六号事件の仮執行宣言付判決に基き、別紙目録(一)記載の家屋(以下本件家屋という。)のうち階上全部、階下四畳半の部屋及び玄間脇板間(別紙図面中赤斜線部分、以下本件執行部分という。)に対してなした強制執行は本案判決をするに至るまでこれを取消す。」との決定を求め、その理由は、「被申立人は、昭和三四年二月三日前記事件の仮執行の宣言付判決正本に基き、執行吏に委任して、申立人居住の本件家屋の明渡執行に着手し、同日右家屋のうち本件執行部分のみの明渡執行をしたが、残余の玄関土間、階下奥の居間、炊事兼食事室、炊事室、浴場、便所に対する執行は中止となり、右未執行の部分は、申立人の申立によりなされた強制執行停止決定により、その執行は停止されている。本件家屋の間取は、別紙図面のとおりで、そのうち赤斜線の部分が執行された部分である。強制執行調書によると、執行吏は、本件家屋のうち本件執行部分につき明渡の執行をし、債権者(被申立人)に引き渡した旨の記載があり、執行の翌日人夫数名が右執行部分に泊り込み、その後被申立人の従業員数名が入り居住している。しかし、本件家屋は、申立人が昭和二六年三月住家用として新築し、当初から家族六人が居住して使用しているもので、その一部分を区分して経済の目的に供したことがなく全体が一個の物件として所有権、占有権の目的となつているのであるから、執行吏は本件家屋一棟全部の申立人の占有を解いた上でなければ、被申立人にこれを引き渡すことができないのである。従つて、執行吏が前記のように本件執行部分を引き渡したのは違法であつて、本件家屋の明渡執行は未だ完了していない。申立人は、前記のように強制執行をされたため、階下奥六畳の居間と炊事兼食事室、炊事室、浴場、便所を使用し、右居間に妻と末子とともに起居し、執行を受けるまで二階居間で起居し勉強していた子供三人は、やむなく近所の人の物置に臨時に起居させてもらつている。そして、本件執行部分に起居している被申立人の従業員らは、玄関脇板間の壁を破つて作つた出入口から出入し、便所がないので表道路で放尿し、夜間及び雨天の際は、二階物干場のベランダに放尿し、その下は申立人が現在使用している炊事室に当つているため、申立人は不衛生で困つている。右の実情であるから、控訴審の判決があるまでこのままの状態を続けることはできないし、将来勝訴の判決を得ても、申立人は到底償うことのできない財産上の損害のみならず、精神上多大の苦痛を被ることは明らかである。よつて、控訴審の本案判決あるまで前記強制執行の取消を求める。」というのである。

申立人は、前記仮執行宣言付判決に対し控訴の申立をし、民訴法第五一二条の規定により本件家屋の執行部分に対する執行処分の取消を求めるものであることは、その主張に徴し明白であるところ、同条の規定により執行処分の取消を求めるためには、強制執行がなされしかもその執行処分が存続することを要し、全部又は一部の強制執行が完結した後においては、その完結した部分の取消をすることはできないものと解するのを相当とする。そして、一棟の建物全部の明渡を命ずる債務名義に基いて、建物の一部につき明渡の執行をすることが許されるかどうかにつき考えるに、不動産の引渡又は明渡の執行方法を定めた民訴法第七三一条の規定がこれを禁じていないのは勿論、執行法上これを禁ずる規定はなく、社会観念上からみても、このような明渡の方法が不能であると解することはできないばかりでなく、住宅難のなお解消されていない現在の社会状勢を併せ考えると、建物の一部の執行部分が他の部分と分離して使用することができる場合には、その部分のみについても明渡の執行ができるものと解するを相当とする。そして、不動産明渡の強制執行は債務者が不動産を明け渡すべきときは、執行吏は、債務者の占有を解き、債権者にその占有を得させることによりこれをなすべきであり、右執行は債権者又はその代理人が受取のため出頭したときに限りこれをすることができるのであるから(民訴法第七三一条第一、二項)、右方法により家屋の一部につき明渡の執行が行われた以上、たとえ家屋全体の執行としてはまだ終了していなくても、既に債権者に引き渡された部分については、執行は完結(一部完結)したものと解すべきであり、この場合には右執行の完結した部分の執行の取消をすることができないものというべきである。本件につきこれをみるに、記録中の和歌山地方裁判所執行吏中村正雄作成の昭和三四年二月三日及び同月一二日付家屋明渡執行調書、小浴広枝作成の陣述書によると、被申立人は、右執行吏に対し、申立人主張の仮執行宣言付判決に基く別紙目録記載の家屋明渡の強制執行を委任し、右執行吏は右委任に基き右家屋の明渡の強制執行のため昭和三四年二月三日目的物件所在地に臨んだところ、申立人(債務者)が不在であつたので、その妻広枝に出会し、供託書の謄本を送達し、執行力ある正本、供託証明書、判決送達証明書を示し、家屋明渡を催告し、申立人の妻は本人が不在であるから、猶予されたいと述べたが執行に立ち会つた被申立人(債権者)代理人武田亮造がこれを承諾しなかつたので、強制執行に着手し、本件家屋のうち本件執行部分に対する申立人の占有を解いて被申立人に引き渡し、目的物外物件を取り除き申立人の家族に引き渡し、残余の部分については被申立人の承諾により執行を中止した。右執行吏は、同月一二日別紙目録記載の家屋中前記のように既に執行した右執行部分を除いた残余の部分の強制執行のため申立人方に臨み、被申立人代理人武田亮造立会の上申立人本人に出会し、右強制執行をする旨告げたところ、申立人は、昭和三四年二月九日付当裁判所昭和三四年(ウ)第四八号強制執行停止決定正本を提出し執行の停止を求めたので、右執行吏は、右決定正本と執行調書とを対照調査し、本件執行部分は既に執行ずみであるから、その余の部分については控訴審の判決あるまで執行を停止し、その旨口頭で申立人に告知した。被申立人の従業員ら数名は、右執行がなされた日の翌日の同月四日夜から右執行部分に入り現在に至るまで居住を続けていることを認めることができる。申立人は、本件家屋は、別紙図面記載のような構造の家でその一部分を区分して経済の目的に供したことがなく、全体が一個の物件として所有権、占有権の目的となつているものであるから、執行吏は右家屋全部に対する申立人の占有を解いた上でなければ、被申立人にこれを引き渡すことができないのに、本件執行部分を被申立人に引き渡したのは違法で、明渡執行はまだ完了していないと主張するが、一棟の家屋の一部分の執行が許されることは既に説明したとおりであり、本件家屋が別紙図面記載の構造であるからといつて、必ずしも本件執行部分を分離して使用することが不能であるということはできないから、執行吏が前認定のように右執行部分を被申立人に引き渡したのが違法であるということはできない。申立人の右主張は採用できない。そうすると、本件執行部分に対する執行は、既に昭和三四年二月三日完結したことが明らかであるから、本件家屋のその余の部分の執行が完結していなくても、右完結した部分の執行の取消を求めることはできないものといわなければならない。従つて、その取消を求める申立人の本件申立は理由がないから、これを棄却することとし、申立費用の負担につき、民訴法第九五条第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 裁判官 山内敏彦)

(別紙)

目録

(一)、和歌山市島崎町六丁目一五番地の二

家屋番号同所第二六番の二

第一号

一、木造瓦葺二階建居宅一棟

建坪  一八坪五合五勺

外二階 一二坪五合

(二)、附属建物

第二号

一、木造瓦葺平家建炊事場、浴場及び便所

建坪 三坪四合三勺

(三)、同所家屋番号同所第二六番の三

第一号

一、木造ルーヒング葺平屋建工場

建坪 三一坪

別紙図面〈省略〉

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